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zoom RSS 3月10日は「東京大空襲」があった日

<<   作成日時 : 2015/03/09 22:23   >>

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1945年3月10日は米軍による東京大空襲があった日。

東京大空襲



3月に入ると、2011年3月11日の東北大震災の特別番組が放映されていますが、70年前の3月10日未明、東京の下町が戦火に覆われたことに関する番組は全く放映されなくなりました。
 
死者推定10万人以上、罹災者100万人以上、一度の空襲による死者は世界史上最大(Wikipediaより)。 まるで地獄図絵のようだったといいます。 死者は東北大震災の5倍以上という多さです。 

東京写真紀行」というホームページに東京大空襲の写真集があります。
ここに掲載されている写真を見ると悲惨な当時の状況が分かります。 ショッキングな写真もあるので見られる方は気をつけて下さい。



女房の知り合いに、小さいころこの空襲で罹災した人がいます。

彼(仮にKさんとします)は本所(墨田区)に住んでいました。 本所はこの大空襲でも最も被害が大きかった地区で、多くの人が亡くなっています。

Kさんの一家もこの空襲に遭い着の身着のままで火の海の夜の町を逃げたのです。

母親はKさんの妹を背負い3才になったばかりのKさんの手を引いて逃げたのですが、いつの間にかKさんは母親の手から離れてしまい、一人ぼっちになってしまったのです。

一人で家があった付近をうろついていたKさんを見つけたのは、家を出て働いていた年の離れた兄でした。 Kさん一家を心配して探しに来ていたのです。

お兄さんに連れられてKさんは既に避難していた父と他の兄たちと再開することが出来ました。
しかし残念なことに母親は妹を背負ったまま母子とも焼け死んでいたのです。

残った家族は葛飾に引っ越しました。
本所に比べると葛飾はまだ被害が少なかったのです。


現在、70才を過ぎたKさんは孫にもめぐまれて、葛飾に引っ越した父親が開いた会社で今も働いています。
ということで、もうお気づきでしょうが女房もこの会社で働いているのです。


毎年3月10日には、両国にある「東京都慰霊堂」で東京大空襲の犠牲者を追悼する大法要が行われていて、Kさんの奥さんが毎年この法要に参列しています。
ある年、「Kさんは法要にいかないの?」 と女房がきいたところ、「いやだよあんな所二度と行きたくない」
Kさんは幼いころの記憶がトラウマになって未だに彼の地に行くことができないのです。


自然発生による震災をなくすことは物理的に不可能ですが、人間の意志で発生する戦争はなくそうと思えば出来るはずなのです。

今も地球上のどこかで戦争による犠牲者が出ていて、これからもなくなりそうにありません。

人間とはなんと愚かな生物なのでしょうか。


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